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長友がこっちを見ている。

日記

右手にサッカーボールを持っている。

白い歯を輝かせて。

 

満員電車に揺られて壁際に追い詰められた

ぼくの目の前にその笑顔は現れた。

 

若干の作り笑顔感はあるものの、

思わず見つめてしまうような表情だ。

 

右前方から当てられた照明によって、

陰影が生まれて男らしい顔立ちになっている。

 

格好良さの中にも親しみがあり、

親戚のお兄さんのようだった。

 

電車に揺られながら

長友と見つめ合うこと数十分。

 

二人の旅路はさまざまな場所を駆け巡った。

街の中、森の中、暗闇の中。

 

僅かな時間ではあったが、

ぼくと長友はたくさんの景色を見ることができた。

 

しかし、もうすぐお別れの時間だ。

この素晴らしい笑顔から離れなければならない。

 

終着駅に向けて電車はゆっくりと減速していく。

この気持ちをどうすればいいのだろうか。

 

長友とぼくが別れを惜しむ気持ちを察してくれたのだろう。

ホームに入る前で停止信号が点灯していたようだ。

 

エンジン音が途絶えて一瞬の静寂が

ぼくと長友を包み込む。

 

あぁ、この時間が永遠だったらいいのに。

ふたりだけの世界にしたかったのに。

 

しかし、無情にも電車は再び動き出す。

大量の人間を乗せた車両はホームへと到着する。

 

あぁ、待ってくれないか。

まだこの笑顔を見続けたい。

 

扉は開く。

長友は表情を変えない。

 

長友よ、あなたは別れが惜しくないのか。

表情がまったく変わらないではないか。

 

ぼくが寂しい気持ちで胸がいっぱいなのに。

その笑顔で固められた鉄仮面は剥がれ落ちないのか。

 

ふたりで過ごしたこの時間は無駄だったのか。

別れの瞬間でさえ、あなたは薄っぺらいままなのか。

 

やれやれ、ぼくはため息を吐きながら、

新宿駅に降り立った。

 

ただ、もう一度、もう一度だけでいい。

その笑顔をぼくの瞳に焼き付けたい。

 

振り返ると、長友の胸には、

横浜銀行カードローン」と書いてあった。

 

 

 

よしっ、お金を借りよう。