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ブログをはじめた理由

日記

某有名ブロガーに似ているのが最大の理由です!!!!!!!!!!

 

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まぁ、他にもいろいろ理由がございまして。

 

「文章で何かを伝える」ということが、こんなにも難しいものなのだということを実感されられた場所がありました。

 

それは、「とある塾」でした。

 

この塾は「コンテンツのつくりかた」を学びに80人ほどのクラスで開講されました。

 

「とある塾流のコンテンツのつくりかた」を学ぶ場で、参加者は文章を書くライターが多かったのですが、小学校の先生やシステムエンジニアなど、様々な業種の方が集まっていました。

 

ぼくも普段の仕事は映像制作で、文章を書くことを仕事にしたことはなかったです。

 

その場所でぼくは、文章で自分の好きなことを伝えるという課題に取り組みました。

 

一見簡単に見える課題ですが、実際に取り組んでみると、わけがわからなくなるほど悩みました。

 

「好きなこと」を本当に好きなのか、書きやすい「好きなこと」を選んでいるのではないか、それを伝えるためにはどうすればいいか。

 

とても、とても迷いました。

 

そうして生み出した文章でしたが、今になって見返すと、イマイチなコンテンツだったなぁ、と感じています。

 

 普通に考えたらとても書きやすそうな「自分の好きなこと」を伝えることすら、できなかったのです。

 

それでも、課題を終えたときには、苦労して生み出そうとする過程が、たのしかったなぁと思い返していました。

 

 

きっとドMなんでしょう。いや、ドMです。

 

 

ぼくは昔から映像やラジオなど、コンテンツをつくることが好きでした。時間がかかるし大変なことも多いのだけれど、つくったもので拍手をもらえるのが大好きでした。

 

そして、この「とある塾」で「文章を書いて伝えるというコンテンツ」に改めて触れました。

 

新聞やネットのコラム、小説やエッセイなど、ぼくらの身の回りには日本語で溢れかえっています。

 

それはとても自然なこととして生活していましたが、「とある塾」で文章を書くことを仕事にしている方々と話して、実際に自分も文章を書いてみて、実感しました。

 

身の回りの日本語は、プロがとても読みやすい文章で作り上げていたものだと。 

そして、文章で伝えることが、こんなにも難しいものだったのかと。

 

そのことを実感して、まぁ、なんというか、燃えてきたのです。

 

難しいことに挑戦したいのです。ドMなので。

 

 

 

ということなので、ブログをはじめることにしました。

「文章」というコンテンツに挑戦します。

 

いろんなことを伝えられると、うれしいです。そして、拍手をもらえると、もっとうれしいです。

 

 

 

まずは、ここまで読んでくれた人に「ぼくがブログをはじめた理由」がちゃんと伝わってると、いいなぁ。

 

 

 

 

恋愛をするメンヘラが羨ましい話

日記

メンヘラだったらどれだけ楽になることか。

 

メンヘラに恋愛感情が生まれたら、いままでのこと、これからのこと、周囲の友達のこと、そして自分のことをまったく気にせずに、自分の感情の赴くままに突っ走ることができるのだ。
これがどれだけ幸せな自己中心的な思考だということが、みなさんわかりますか?

 

それだけ、メンヘラはある意味では最も幸せな考えを持ち合わせているのだと思う。

 

数々のメンヘラを相手にしてきた友人達と話すことで私の中にはひとつの結論がある。


メンヘラの恋愛は自分が愛するだけで満足をしている。ゆえに、一方的な愛になっている。
相手からの愛情はなくても構わない。むしろ、相手から何かを与えられるという発想がほとんどないのかもしれない。一方的に愛することで自己の欲求を満たしているだけなのだ。


それなりの年齢になっているのにも関わらず、人から優しくされたり愛されたりすることがない人は、お互いに支えあって生きていかなければ信頼関係は生まれないということを実感していないのかもしれない。
信頼関係がない恋愛ほど、悲惨なものはない。
金八先生の「人」という漢字は人と人が支えあっているという格言が身に染みて理解ができた。


一方的な愛は、それほどまでに暴力なのである。

 

 

 


しかし、わたしは、一方的な恋愛をする人間は果たして不幸せなのだろうか、という疑問を持っている。


彼女たちは、自分のことを信じきって周りを気にせずただただ好きな人に向かって突っ走れる恋愛をしている。そんなに幸せな道を走り抜けられるのが、羨ましい。
そんなこと普通はできないと思う。どうしても周りの目線を気にするし、どうしようもなく不安に駆られるし、相手に嫌われないか踏み出すことがなかなかできないことが多い。


その過程をぶっ飛ばしてただただ突っ走れるその精神力は本当に尊敬します。
僕はメンヘラにちょっとだけ嫉妬している部分もあります。その突破力を僕にも分けてください。

 

 

 

好きな人をまっすぐに追いかけて走り続けられる。
それが実る可能性は普通の恋愛と比べたら低いかもしれないけど、それでも好きな人と恋愛していると思い込めるのって幸せなことだ。知らない方が幸せなこともある。私はそれだけ一直線に突き進むことができるメンヘラをとっても羨ましく思います。まぁ、なりたくはないけれど。


そんなわけで、この考えに至るまでに男女問わずありとあらゆるメンヘラの話を聞かせてくれたビッチとヤリチンの皆様に感謝の意を表してこの筆を置きたいと思います。

 

ありがとうございました。

見知らぬオッサンと青空の下で全裸になって語りあった24歳の昼。

旅行記

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いや、ホモとかそういう話ではないんですけどね。

大分県に来ています。ひとり旅です。2泊3日です。立ち寄り湯だらけです。少し行けばすぐに温泉です。

温泉に入るとだいたいオッサンがひとりで湯船に浸かってます。

なんというか、そんなにコミュ力があるわけではないんですけど、ひとり旅で話し相手がまったくいないので、湯船にいるハゲかけのオッサンと話したくなります。

こういうときのオッサンにはとても話しやすいです。

だって全裸だから。

お互いに全裸だと守るものは一切ありません。丸腰です。全裸だから恐れおののく必要はありません。だって全裸だから。

そして、さらに話しやすくなる要素があります。

それは、露天風呂です。青空の下で全裸です。開放された空間で全裸で会うという時点でお互いの心は開放されています。

これはもう、見知らぬオッサンと話すしかありません。

いろいろな話をしました。

「仕事のやり方」

「キャンプにハマっている」

「日本の年金制度について」

「老後の趣味は何がいいか」

「良い宿はどこか」

「オッサンのすべらない話」

「ソープには行っとけ」

他愛もない話を永遠としていました。なんだかよくわからないけど、楽しかった。

24歳の僕が交流のある60〜70歳ぐらいの方といえば、気を使わなければいけない仕事の上司だったり、昔から知っている親戚だったり、そんな相手ばかりです。

でも、見知らぬ青空の下で全裸になって語りあったオッサンは、昔からの友達のような感じがしました。それぐらい、打ち解けて話していました。

やがて、のぼせるぐらいまで話して、露天風呂からあがります。

そのときの挨拶は、どのオッサンも「じゃあ、また。」という言葉でした。

なぜだかわからないけど、またどこかで会う気がするのだと思います。友達みたいに。

実際はもう、二度と会うことはないんだろうけど、「大分県の温泉で出会った友達のオッサン」として、何年経っても思い出に残っていると思います。

「旅は一期一会」という古いコトバがあるけれど、本当にそうだなと実感をしたひとり旅でした。